店主「やあ、拓君、こんにちは。」
拓「いつも貴重なお話を聞かせていただきありがとうございます。今日ぜひ伺いたいのは、サラリーマンを脱サラして今のお仕事を始められたのですか?」
店主「ピアノバーで会ったときはまだ40歳のころだから、それから20年後の定年退職した後に始めました。」
拓「私も、今はサラリーマンやっていますが、時々転職も考えているんですよ。家内には内緒ですが。人生の折り返し点に来てみて、これからどうしたらよいか、私にとってすごく興味があるテーマなんです。」
店主「今とは労働市場はかなり違っていると思うし、当時の考え方が古かったのか、定年まで勤めるのが当たり前だった時代なので、転職は全く考えていなかったですよ。」
拓「じゃあ、定年退職って、60歳で始められたんですか?」
店主「定年退職して数か月後に、オーストラリアの思い出を辿るという、いわゆる「ノスタルジア旅行」をしたんですよ。一人旅でした。ワイナリーをやっているニールとメルボルンの「Taxi」というマレーリバーに面した有名なレストランで食事をすることにしたんです。席に着こうとしたら、「ニールが日本人ぽい人がいるよ、あのシェフの寿司は旨いよ。」と教えてくれたので、カウンターの中で働いている彼に「今日は」って声をかけたらわざわざ挨拶に来てくれて、仕事が終わってから3人で会うことにしたんです。人の「縁」というのは面白いですね。」
拓「その日本人ぽい人とニールさんとはお知り合いだったんですか?」
店主「荒金育英というシェフなんだけど、ニールは話したことはなかったらしい。その週末は私がニールのワイナリーに宿泊しているので家族で来ないかとニールが誘ったら、二つ返事で行くことになって、週末に「レッドバンク」というニールのワイナリーで合流したんです。」拓「急展開ですね。映画を思い浮かべるなあ。」
店主「そうね。今思うとなんだか、シナリオに描かれていたみたいな気がするほど、自然に流れていたような気がするなあ。シェフの家族は奥さんと子供が3人の一家5人で、40歳のころここにやってきたうちの家族と同じような年齢構成だったなあ。 私は、ブドウ摘んだりしてワイナリーに残り、シェフはメルボルンに帰って、その次の週末に私が帰国するので、またメルボルンで会うことにしたんです。 中華街にある「Shark Fin Inn」というレストランで、ニールはおなじみの顔らしく自分のワインを持ち込んで、水槽で泳いでいたカニやイセエビを食べながら、酔うほどに話が進んで、私がこんな話を始めました。 実は、今回の旅行は、もしかして自分もワイン畑を持って小規模ながら作ってみたいと夢を膨らませて来ました。ところが、現実的に考えてみて、それは不可能だと確信しました。年齢的なこともあるけど、規模が小さければ小さいほど、経済効率が悪いと気が付いたことでした。つまり、最低でも、土壌を作るためのブルドーザーや、ブドウを運ぶトラック、 ブドウを破砕する機械、発酵させるためのステンレススティールと、熟成させる木樽などなど、規模にかかわらず必要なものはそろえなければできない。その上に、収穫時には現地の労働者を集めなければならない。そんな交渉力があるかと言えば、外国人の私には難題となろう。 と、そこまで話したらよく聞いていてくれて、だけど私は、自分で積んだブドウが発酵されてできたワインを、この素晴らしい味のワインを日本の人たちに伝えたい! と言ってしまった。 そしたら、ニールが「自分で輸入して日本で販売したらいいじゃないか。」というと間を置かずに荒金シェフも、「それがいいですよ。私もできる限りお手伝いします!」 断る言葉が出てこない私に、二人が握手を求めてくるじゃないですか。 ここで、半分心が決まったような気がしました。
拓「でも、奥様はまだ何も知らないのですよね?」
店主「その通りです。帰国してからそのことを家内に話しました。」拓「奥様の反応はどうだったのですか? はっきり言って私にはそんな勇気はないですよ。」
店主「今日はこの辺にしておきましょう。」
]]>日本の田植えとか刈り取りと同じように収穫の時期は地域全体が一斉に始まるので、人口の少ないこの国では、まずは人材の確保が最重要。10年前は1時間当たり9豪ドルだったのが今は16豪ドル1日128豪ドル(約9,000円)とかで、小規模生産者は悲鳴を上げている状況だけどやらないと始まらない。
ブドウのピッキング作業は、朝8時から開始、10時にティータイム、10:30分から再開、13時からランチ、13:30分から再開、16時終了。作業日によっては、高温で乾燥、強風という厳しい時もあり、ピクニック気分とは言えません。
ずいぶん前の話だけど、自分の腕に毛虫がいるのを驚いて、はさみを飛ばしたことがあった。そのはさみを拾ってみたら、間にあるはずのバネがないので、馬鹿になって切れない。 バネを探していたら、皆から「何休んでいるんだ!」とはストレートに言われずに、「大金でも落としたのかい?」という冗談を言いながら大声で笑われたことがあったな。
風の強い日は、葉っぱが揺れるので、隠れているブドウの房を見つけるのが簡単じゃなくて、疲れているせいもあって、いい加減にパチッと入れたら自分の指を切ってしまった。これがかなり痛くて大声を出したら、皆が大声で笑ってくれて、「大丈夫だよ。1回やったらもう二度とやらないからね。」と。それほど痛いから今後は注意をするからだって言われたよ。 つまり、皆その経験者だって。確かに毎年行っているけど、その後はやらないね。
たっぷりと働いた後はお決まり、近くの居酒屋に行って冷たいビールで乾杯。
ここで、近所の人たちが、「今日のボーメはどうだった? うちのは、13.7だったよ。かなりいいね。」なんて会話していて、それぞれボーメがいくつだったか情報交換している。 ボーメはどういう意味? と聞いたら、ボーメと言うのは、ブドウの糖度をフランス語で言っている潜在アルコール度数のことなんだって。この糖度が酵母菌で発酵することによって、ほぼ同数のアルコール度に転化するからとても重要な数字だと教えてもらった。
拓「わあー。お話聞いているとなんだか自分も行ってみたくなちゃった。」
店主「拓君もそうか。私の友人もぜひ行きたいと言われて、今まで10人も現地に連れて行ってあげたよ。ありきたりの海外旅行と違うから、みんな大喜びだったみたい。」
]]>店主「おや、昨日のお方。ずいぶん熱心ですね。ところでお名前はなんていうのですか?」
A「失礼しました。私は、小山内 拓 と言います。よろしくお願いします。」
店主「私は、わいん蔵・南十字星の店主で、内田と言います。それでは、まずワインがどのようにできるのか生産のプロセスをお話ししましょう。何か質問があったらいつでもどうぞ。」
拓「よろしくお願いします。」
店主「ワインの生産を大きく二つに分けると、手作り生産と機械生産だと私は思います。ブドウの収穫は、8人ほどが2チームに分かれて、200mほどの2列の棚を2人づつ向かい合い、はさみで一房づつ切り取って自分用のバケツに入れていきます。バケツが一杯になったらトラックの荷台に移しそれを時間が来るまで何度も続けます。トラックが一杯になると直ちに醸造工場に運んでブドウと枝の分別機で分けたブドウをスティールタンクに投入し、これが一杯になったらイースト菌を入れて、糖分をアルコール発酵させます。」
拓「手作りと機械生産の違いは、ここではどこにありますか?」
店主「いい質問です。機械生産は、ブルドウザーみたいな巨大きなバキューム車でブドウ棚を両側から挟むようにして吸い上げあっという間に吸い上げて収穫します。」
拓「機械のほうが効率がいいですね?」
店主「そう、200mのぶどう棚を、機械だと6分、手摘みだと4人で3時間。このブドウ棚が140本ぐらいあるから、合計でどれ程の時間効率が良いか分りますね。」
拓「人件費もきっと高いし、機械で収穫したらいいじゃないですか?」
店主「これは生産者の経営哲学の違いというのでしょうね。手作り生産は、農地の規模が小さい、家族経営が多い、少量生産なのに対して、機械生産は、農地が広いあるいは他のブドウ生産者から購入する、大量生産とコスト削減が可能という違いが出ますね。」
拓「日本人には機械生産のほうが分かりやすいし絶対こっちを選ぶでしょう。」
店主「そうですね。生産コストを極力下げるのは日本人の得意技ですからね。だけど、日本でも、例えば、料理包丁を見ても、単価の安い外国製品と伝統のある鍛冶屋さんの手づくりと比べて、値段は全然違うけどそれぞれ買う人はいます。」
拓「包丁ならその違いははっきりと分かるけど、ワインは飲んでみないとわからないですよね。私なんか、ラベルの名前もわからないので、国と値段ぐらいしか分かりません。」
店主「日本酒でもいえるけど、大きく分けると純米酒と醸造アルコール酒に分けられることを知っているでしょう? この純米酒とワインの作り方は似ていて手作り感があります。」
拓「えーっ。日本酒って、大吟醸とか普通の日本酒とか品質の違いで分けていると思っていました。」
店主「大吟醸酒といっても純米大吟醸酒と、醸造アルコールを使用した大吟醸酒と2種類あるんですよ。」
拓「ひゃー、今まで、知りませんでした! また明日来ますのでよろしくお願いします。」
]]>店主「 はーい。 どちら、あっ。さっきいらした方ですね。どうしました?見つからなかったですか?」
A『いえ。 お陰様で目的の家はわかりました。仕事も終わったので、ワインのお話を伺いたくてこちらに参りました。 お邪魔でしたら遠慮しますが。』
店主「ああ、そうでしたか。そんなに興味があるのならどうぞ。まあ、こちらにお座りください。いきなりワインというわけにもいきませんから、お茶でも持ってきましょう。」
A「いえいえ、お構いなくお願いします。」
店主「さてどんなお話をいたしましょうか?」
A「 そうですね。まず最初に、ワインを飲むならわかりますが、それをお仕事として販売するというのはかなり思い切ったように思うのですが、なんでまたこのお仕事をやる事になったのか、そのいきさつみたいなことを伺いたいですね。」
店主「そうねぇ。その質問はどなたからもよく聞かれます。そしていつも言うのですが、話し出すと長くなりますよとお断りしています。いいですか?」
A「ぜひ聞かせてください。」
店主「私はある生命保険会社に勤めていました。40歳のころ会社から突然オーストラリアへ転勤だと言われて、家族も一緒にシドニーで4年間過ごすことになりました。 ある時、メルボルンへ出張して、宿泊ホテルのピアノバーで一人飲んでいたら、隣の男から声をかけられて、話が弾むうちに、結局ウィスキーを1本開けるほど痛飲してしまったのです。よく朝、二日酔いでしたが、どうやら今度のイースターの連休に家族を連れて彼の家に行くことを約束していたらしいと、おぼろげながら思い出して、大変なことを約束してしまったと後悔しきりでした。」
A「お酒の上では、私もよくやっちゃいますよ。翌日後悔するようなことを。分かります。」
店主「帰宅してから、家内や子供たちにその話をしたら、信じてくれないんですよ。だって、シドニーからメルボルンまで、1200kmほども離れて遠いし、まだ英語わかんないし、外人の家に泊まるのは嫌だよと全員反対。だけど、聞いてくれ、男同士が約束したら、守らないと日豪関係にひびが入るし、日本人が馬鹿にされるから、とか説得して渋々行くことになったのです。」
A「私も結婚していて、子供もいますが、そんな状況で家族を言い負かすなんて私には絶対できません。すごいですね。うらやましい。」
店主「ともかく、自宅を車で出発して、シドニー駅から夜行列車に車も貨物として載せて、翌朝メルボルン駅に着いたら、向こうの家族も来ているではないですか。私の子供は10歳、8歳、4歳の3人息子。あちらは、女、男、女の3人でほぼ同じ年齢構成でした。」
A「私の子供も、8歳と5歳です!」
店主「ということは、今のあなたと同じ年頃だったんですね。彼の家はメルボルンから200kmほど西北にある、レッドバンクという、大変な田舎で、近づくほどにだんだん不安になってきて、とんでもない約束しちゃったかなと反省の念が込み上げてきたのを覚えています。」
A「家族が不安がる気持ち、わかりますよ。」
店主「ところが、彼の家に着いたとたん、さすがは子供たち、元気に遊び始めてくれてほっとしたんです。イースターの日はチョコレートで出来た卵を親たちが庭のあちこちに隠しておき、子供たちはそれを見つけるのが楽しい年中行事なんですね。 しばらくしたら、彼、ニールと言う名前なのですが、ニールが私にこっちへ来いというので行ったら、ちょうどいいから仕事を手伝ってくれというじゃないですか。 トラックの荷台からブドウを下すので、そのブドウを、スコップであっちの機械に移してくれと言っているらしい。らしいというのも、なんで私が何のためにやるのか意味が分からないので途方にくれていても、どんどんブドウが下ろされてくるので、流れ作業を止めるわけにもいかず黙々とやりました。 今思うと、私がワインの仕事をやるきっかけとなった最初の場面でしたね。」
A「すみません。もっともっと聞きたいのですが、家に帰らないとうるさいものですからこの辺で失礼します。」
店主「だから言っておいたでしょう? 長くなるからと。」
A「明日、土曜日なのでまた来てもいいですか? この続きをぜひ聞きたいです。」
店主「明日も明後日もいつも暇ですから、私はいいですよ。だけど家族で揉めないようにね。」
]]>「――――――――――」
店主「はーい。どなたでしょうか?」
A「あっ、いらしたのですね。実はこのあたりの、2番地21号のお宅に行きたいのですが、ご存じないですか?」
店主「うーん、この近くでねえ。分かりませんが。」
A「そうですか。それはお忙しいところを失礼しました。あの、ところで、こちらは何のお仕事をされているのですか?」
店主「ワインのショップをやっていますよ。もう十年になります。」
A「そうですか! 私、ワイン大好きなんですよ。だけど、お見受けしたところ、お客様も見かけませんが、ここはだいぶ奥まっているのか、お店を見つけるは難しいんじゃないのでしょうか? それと、ワインの商品もないし。」
店主「ハハハ、確かにお客様は来られませんね。この一年で数回ほどでしょうかね。」
A「それで、お仕事よく続けてこられましたね。拝見するとご年配のようで、余計なことを聞くようで恐縮ですが、生活のほうは大丈夫なんですか?」
店主「年金があるので何とかやっていますよ。それと、インターネットというやつのおかげで、商品をここに置かなくても、ホーム・ページで掲載しておけば、そちらから注文が入るようになっていますよ。まあ、そっちもあまり来なくなってしまいましたがね。確かに、2011年の大震災があってからはぴったりと注文が減りましたかね。」
A「そうだったんですか。失礼しました。どなたか、従業員とかご家族の方とか若い方はいらっしゃらないのですか?」
店主「こう見えても、私一人ですべてやっていますよ。創業の時からね。産地のワイナリーと直接交渉をして、輸送業者に依頼して、横浜港に着いたら通関業者に頼んで、関税やら消費税を払って、倉庫会社のワイン専用の倉庫に保管していますよ。」
A「それはすごいことですねえ。全部おひとりでやっているなんて、若いものでも中々できないことですよ。 少しお時間をいただいても大丈夫ですか?」
店主「御覧の通り、全く人影もありませんので私は大丈夫です。だけどあなたはどこかへ行く途中なんではないですか?」
A「もっとお話を聞かせてもらいたいのですが、この仕事が終わったらまたこちらに来てもいいですか?
店主「こんなおじいさんの話に興味があるならどうぞ。」
A「ありがとうございます。ワインのこととか、友人に詳しいやつがいて、話していることが全く分からないで、困っていたんですよ。しかも自慢たらしく言ってくれるし、悔しい気持ちを我慢していたので、お返しができたらさぞ気分が良くなるだろうと思ったんです。
それでは、また来ます。」